有害な文章。事実の恣意的つまみ食い。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/38d4a7aab7eb22e556d128473c233b71
なんでこんな低品質な記事が人気エントリになるかなぁ。
日本では起訴されてしまえば有罪率が高いが諸外国はもっと有罪率が低い。で、上のエントリではその原因を英米法と大陸法の違いに求めています。
でもね、その理屈で言ったら大陸法の典型である独仏でも日本同様に有罪率が高くなくちゃおかしいんですよ。
池田氏は、有罪率を論じる時は「国際的な平均水準」を持ち出しながら裁判制度を論じる時は「英米」、っていうか米国を持ち出す。都合のよろしいこって。池田氏にとっての「国際」ってのは米国なんですかね?日本と米国だけで英米法と大陸法を論じたら、英仏独の人たちは怒るよ〜?
データは調べてないですが、もし独仏でも有罪率が日本より低かったならば、日本の有罪率の高さを英米法と大陸法の違いに根拠づける上の緒論は事実に反することになります。
私自身はドイツの刑事裁判を見たことはないですが、実際に見た人は口頭弁論主義が(日本と違って)本当に実施されていることに驚くと聞きます。そうであれば、この有罪率の高さは「英米法と大陸法」という改善のしようの無い根源的な問題に求めるよりも、大陸法の中でいかなる制度を形成しいかに運用するかという視点で観察した方が適切かつ有意義であろうと考えます。


あと、(池田氏自身はそうは書いていないのに)有罪率の高さ自体が悪いことであるかのように読む人が多いようなので、違う視点もちょこっと。

それから日本は、有罪は、しかも自白を追い過ぎるということになっていますが、日本では年間検察庁で取り扱うものが最近約210万件です。そのうち起訴する事件、裁判所の法廷へ起訴するのが約10万件、5%ですね。それ以外に大体60、70万件は起訴猶予にしているんです。その中には被疑者の状況を詳しく調べて、そして被害者に対する宥恕措置だとか、被害弁償ができたかというようなこともよく調べた上で不起訴にする。これは起訴猶予ですから、犯罪が認められても不起訴にするということはできる。これは日本の検察官の一つの特殊な、と言ったらおかしいんですけれども、起訴猶予、起訴便宜主義とも言われていますが、そういう中で実体的に被害者回復がなされたり、被害者の気持ちが猶予された場合にはそれを最大限尊重する。その中で必ずしも裁判へ出すことだけがいいんじゃないということで、選別に選別を重ねているのが10万件になっているわけです。

そういう面からすると、私は有罪率が高いから日本の裁判はおかしいんじゃないか的な言い方については、若干問題があるんじゃないかという気がいたします。アメリカでもほとんどの事件と申し上げていいぐらいは有罪、弁護士の立会いで相談した上で有罪と認めたら、それだけで証拠調べは一切しないで事件は完結いたします。
『[‘æ‚W‰ñŽi–@§“x‰üŠvR‹c‰ï‹cŽ–˜^』原田氏発言

さらに言えば、逮捕・拘禁・裁判は被疑者の人権を大きく制約するものですから無実の人が逮捕されるなんてのは少ない方が良い。例えば有罪率70%の国なら30%は不当逮捕だったことになるし、有罪とされた70%だって冤罪が含まれているかもしれないという点では99.9%の日本と同じです。
その方向からの理想は真の犯罪者のみを逮捕することであって、そうであれば有罪率100%こそが理想であることになります。つまり有罪率の高さは、警察行政が抑制的に活動した成果である、ということも出来るわけです。池田氏は有罪率の高さを行政の強さの現れと見ていますが、逆の説明もしうるということになります。*1
まぁ池田氏自身も問題は有罪率が高いこと自体ではなく、司法が実質的に行政官によって行われ、裁判以前の段階で事実上の「判決」が下されることにある。と書いていて、この点、つまり裁判官が実質的に有罪推定の目で被告人を見ること等に対する問題意識は共通しますが。

2007-01-26追記

この記事は池田氏の記事にトラックバックを送っていたのですが、どうやら拒否されたようです。

*1:念のため。私自身の立場表明ではなく有りうべき反対説の紹介です。